ブレイク・スナイダーの脚本術 その5

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ストーリー作成の黄金のルール

ブレイク・スナイダーの黄金のルール

黄金のルールとは脚本を効果的に魅せるテクニックのこと、演出事例集と言ってもいいかもしれません。

SAVE THE CAT!(猫を救え!)

スナイダー本のタイトルともなっている、スナイダーが最も重視するルールです。スナイダーが殊更強調するのが以下。

「映画という名の旅を一緒に続ける主人公に共感できるかどうか」
「主人公は、観客が出会ってすぐ好きになり、応援したくなるようなことをしなければいけない」

これは貧しい人にお金を恵むミエミエのシーンを入れろという意味ではなく、「主人公が置かれた状況に観客が最初から共感できるように気を付ける」ことです。映画「シー・オブ・ラブ」で主人公の警官は冒頭のシーンでおとり捜査をしている。仮釈放違反者をニューヨーク・ヤンキースの朝食会に招待し、集まったところを同僚警官とともに逮捕する。

主人公が会場を去る時、朝食会に遅れてやってきた幼い息子連れの違反者を見つける。主人公は警察バッジをチラつかせるだけで逮捕しない。違反者の男は黙って頷く。主人公は息子連れであるため、あえて見逃してやったのだ。しかし、去っていく男に向かい主人公は「じゃあ、また会おう・・・」と釘を刺す。

設定上、どうしても共感を得られないタイプの主人公(要は悪人)の場合はどうするのか。映画「パルプ・フィクション」の二人の主人公は薬物中毒の殺し屋。普通この二人に共感することはできない。しかし、二人を愉快で無邪気でお間抜けなキャラクターとして描くことで、殺し屋にも関わらず観客が共感してしまうよう人物造形が成されています。また別のやり方は敵役を主人公より遥かに悪い奴にすることです。敵役とんでもないワルにすることで主人公の悪性を誤魔化すわけです。

自分が気に入った人物なら観客も気に入ると考えるのは間違いです。

プールで泳ぐローマ教皇

状況説明のシーンで観客を退屈にさせないテクニック。状況説明は観客にストーリーを正しく理解させるのに必要な知るべき情報の提供です。しかし、退屈だしダラダラ長くなりやすい。無いに越したことはありませんがどうしても必要な時は「プールで泳ぐローマ教皇」を使いましょう。

このタイトルは「The Plot to Kill the Pope」という作品が元。ローマ教皇の元を訪れた代表団が細かな背景説明をするシーンがあり、それは水着を着た教皇がプールで泳いでいる間に行われる。観客は説明より映像に釘付けになる。ローマ教皇が水着を着て泳いでいるというはキリスト教圏では驚くべき光景なわけです。教皇が泳いでる! どういうこと! 教皇もこんなことするの!? などと驚いている間に説明は終わっています。

魔法は一回だけ

非現実的なイベントは一本の映画で一回しか認められない。「魔法は一回だけ」というルールを破れば観客は混乱し、論理的に無理がある。UFOに乗って地球にやってきたエイリアンが、吸血鬼に噛まれて不死身のエイリアンになったなどは駄目。“エイリアンがUFOで地球に着た”がすでに魔法だから。

一つの作品で二つの魔法を信じろというのは無理がある。魔法は一回だけは鉄則。

パイプの置きすぎ

パイプとは観客を惹きつけておく謎。謎を作り観客に解明されるまで映画を見続けようと思わせる。「パイプの置きすぎ」とは謎を入れ過ぎ観客を疲弊させてはならないというテクニック。謎は入れ過ぎるとセットアップの状況説明で時間を取られ、観客をうんざりさせ関心を失わせる危険がある。

黒人の獣医(別名:マジパン多すぎ)

「黒人の獣医」とはアイデアは盛り込み過ぎるなという意味。由来は1970年代の「サタデー・ナイト・ライブ」のパロディ番組。タイトルが「黒人の獣医」で冒頭のナレーションが「彼は獣医であり、元軍人でもあるのだ!」と紹介する。獣医も元軍人も英語ではVet。何でもかんでもアイデアを詰め込もうとする様を上記のパロディ番組を元に名づけている。

脚本の基本的ルールは「シンプルなほど良い」で、「アイデアは一回に一つだけ」、情報やアイデアを積み重ねてもろくなことはなく混乱するだけです。

別名のマジパンは砂糖とアーモンドを練り合わせた細工菓子で、ケーキなどの上に乗せるもの。クリスマスケーキのサンタクロースもマジパン。マジパンを乗せ過ぎているお菓子をアイデアを盛り込みすぎている脚本に見立てています。

氷山、遠すぎ!

悪役の主人公への接近・攻撃が遅すぎてはいけないというルール。悪役が主人公から離れすぎていたり、主人公に攻撃を仕掛けてきてもスピードがあまりにノロいなど、危険の迫り方があまりにゆっくりだということ。

危険は今そこにある危険でないと駄目であり、危険が迫ったらどれほど悲惨な結果になるか観客が想像できるものでなければいけない。

変化の軌道

映画の登場人物は全てストーリーの中で変化するというルール。唯一何も学ばず変化しないのは悪役のみ、主人公や仲間は大きく変化しなければならない。太古の昔から、優れた物語には登場人物全員の成長や変化が描かれている。これは語る価値のある優れたストーリーであれば、そこに関わる人間は皆影響を受け変化するはずだからです。

人生の成功は変化できるかどうかに大きな影響を受ける。正しい人間は変化を前向きに捉え、悪い人間は否定的に捉え頑なに拒む。結果、変化できず自業自得で失敗したり、マンネリから抜け出せず自滅する。人生の成功は即ち変われるということ。

マスコミは立ち入り禁止!

秘密が主軸の映画において、その秘密を破綻させてはならないというルール。例えば、主人公を取り巻く重要な秘密があり、それを嗅ぎ付けたマスコミにより主人公達がもみくちゃにされるといった展開は、映画全体の前提が崩れてしまう。

映画「E.T.」では、E.T.の存在が家族や隣近所、そして観客の間だけの秘密になっているからこそ、映画がリアルに感じられ神秘めいた秘教的な魅力を与える。ここにマスコミを入れてしまうと“私達だけの秘密”はもう秘密ではなくなり、主人公と観客だけの秘密の夢の世界は破壊されてしまう。